小森の哲学

疑問を持ち考えることが明日の進歩に繋がる

昔頭の悪い女が「ライターなんてどこにもあるやん」とか言ってパクられたのを思い出して憤りを感ずる

小森です。

 

昔、知り合いの彼女の女が、筆者の使っていたライターをパクっていきました。

 

今もたまに思い出して、嫌な思いをしますね。

 

その女が言うには、「ライターなんてどこにもあるから別に良くない?」という言い分だったが、ライターは120円くらいします。

 

ライターを貸した自分も悪いですが、そもそもライターの借りパクした女が一番悪いのです。

 

その女からしたら、”120円”なんて値段の物はすぐに買えるのだから、また買えばいいじゃねえか、という具合だったのでしょう。

 

120円を舐めたらいけない。

 

塵も積もれば山となるという諺もあるが、筆者にとって120円のライターは高く感じるのだ。

 

多分その女は、夜のお仕事などをしていて、ライターが常にどこにでもある生活をしていたのでしょうね。

 

筆者からしたら、ライターなんてどこにも置いてないし、自分で買わなきゃいけないのです。

 

その価値観や立場の違いを理解できないその女は、とにかくバカなんだと思います。

 

からしたら、「ライター如きでぶつくさ言うな」と思うでしょうが、筆者からしたら「120円の大事なライター」なのです。

 

ライターが無ければ、タバコを吸うことができません。

 

タバコを吸うには、ライターが必要。

 

その女は、借りたライターを自分の鞄に入れ、先程の様なセリフを吐いて、持ち去ってゆきました。

 

許されない行為です…。

 

単純に窃盗じゃないですか。

 

法律的にも許されない行為ですし、何よりその女に軽んじられている事について、憤りを覚えますね。

 

もうその女とは、一生会うことがないでしょうが、この嫌な思い出を思い出すたびに、筆者はモヤモヤした納得できない思いをするのです。

 

もしその女に会うことができれば、「お前昔俺のライターパクったから120円返せ」と言えますが、今後会う可能性はかなり低いでしょう。

 

連絡先も知らないし、知りたいとも思いませんね。。。

 

てな感じで、人の物は絶対にパクってはいけないのです。

 

では、本日の鬱憤吐出し記事は終りたいと思います。

 

ありがとうございました!